Goro-Sakamoto’s world

坂本吾郎(Goro)が語る。自分の考えをストックし、アウトプットしていきたい。でも考え方は変わるものなので、その時々の思考が常に最新とは限らない。

シンプルなことを難しく考える人

シンプルなことを複雑化する上司ってなんやねん、という話。

 

組織マネジメントの観点からは、マネージャー職にならないと見えない景色はあるのだろう。

 

その分、判断のポイントがヒラ社員とは少し異なるのかもしれない。

 

責任は所属長が取らないといけないので、一定の慎重な判断は当然あるだろう。

 

そんな事情があるにせよ、何かを判断するにあたり、なんでも小難しく「整理が必要」と言って話をストップさせ、①背景、②事実関係、③論点、④結論、みたいな話を、紙に書かないと決断が下せない奴ってなんやねん。

 

例えば、社内の通訳ができる人材に対して、通訳依頼があった時、上述の整理整頓をしないと決められないことなのか、ということ。

 

いける?

いけます。

じゃあお願いね!

 

で済むのではないのか?

 

すまないの?

 

私にはわからない。

なぜこのスピード判断ができないのか。

 

もちろん、所属の業務の進捗とか総合的に判断しないといけない点は考慮したとしても、担当だって馬鹿ではない。

 

自分が行けるかどうかについては、自分の業務が滞ることによって組織に大きな影響がありうるかどうか、を踏まえた上での「行けます(またはいけません)」に他ならない訳で、この時点で部下を信頼していないということの裏返しでしかないのではないか?

 

いろんな種類のダメ上司がいる。

 

例えば、

これで社内の会計規則上問題はない?そもそも、普通はこうした方がいいんじゃない?

 

と聞かれ

規則の観点からは問題ありません。普通の処理がどうかよりも、考え方を訂正する必要があるかどうかという論点であれば、私はこの考え方で正しいと考えています。

と答える。

 

すると、

本当に問題ない?普通のやり方にすべきじゃないの?

 

とくるので、

普通かどうかは関係ないです。問題があるのであればどこに問題あるのか、という点で議論すべきだと思いますが。

 

と返す。すると、

誰々さんにも、聞いてみるので待ってて。

 

と言われて、はいはいと思って待った結果、誰誰さんも、同じように問題はないという意見。

 

それで納得する上司。

 

つまり、信用されていない訳だ。そもそも普通ってなんだよ。

 

こんなことを、つまり、信用していないですよ、ということをあからさまに表明するようなやり取りを部下に直接言う上司って一体なんなの?

 

聞く人によって意見をコロコロ変える上司っていらなくないか、という話なんです。

 

 

こういう人の仕事は、間違いのない処理で自分を守ることだけに関心があり、展開の早い社会の中で、価値を生み出さないばかりか、その組織の存在意義をさえも危うくさせる仕事の仕方に他ならないのではないか、ということなんです。

 

そもそも、こんなの仕事じゃないし。

 

もう少し部下との対話や仕事の流れ、進め方等を尊重してくれる、シンプルな上司って世の中にはいないのかしら。

 

こんなに決められない、部下を信用しない上司を持った場合にどうやって「よい部下」を演じることができるのか、誰がわかる人教えてくださいな。

 

By Goro

どうせやるなら楽しいことをやろう

40手前。

 

結婚式で張り切って余興をやる情熱は薄れてきた歳頃だ。

 

会社の同期が結婚する。

 

結婚式の頻度も減ってきて、みんなの余興に割く情熱と時間配分は減少気味だと感じる

 

それでもやってほしいと思う新郎本人と

 

やらなきゃと思う同期たち

 

ではあるものの、ほとんど誰もが受け身状態

 

だれかが決めてくれるのを待っている。

 

決まったことに対しては協力するけど、という構図。

 

だから、アイデアを出して、役割分担を促すリーダー的役割がとても大切。

 

その人が日頃からリーダー的な人と思われているかどうかは関係ない。

 

イデアを出さない集団は、アイデアを出す人間に対して何も意見がないのである。

 

人が決めてくれたら自分はあまり動かなくて済む、と思っているからだ。

 

たまに決まったことに文句を言う奴もいるけど、発言の機会が与えられたのに発言しなかったのであれば、そいつのことは無視していい。

 

また発案者は、アイデアを出したから全部やらなきゃ、ということもない。

 

誰々さん、あれやって、これやって、と言いやすい立場に立てる。

 

そして、自分の意見を言わなければ、DA PUMPのUSAを踊らされる羽目になる。

 

それが嫌なら、自分で好きなことを提案して実現させる方が楽しめるということだ。

 

多かれ少なかれ、仕事でも同じ。

 

どうせやるなら、楽しいと思えることをやろう。

 

と、ここまで書いてきて、そもそも論にたどり着いた。

 

やるかやらされるか、といった議論ではなく、そもそも、新郎の友人として、彼が喜ぶような内容の余興をしっかり見せてあげること、そのためにみんなが1つになって準備をしてあげること、そこが一番大事。

 

やると決めた以上は、できる限りの最高のものを作ろう。

価値を生まないネットビジネス

ツイッターのメッセージにこんなんが来ました。

 

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こんな胡散臭いのに興味を引く人間がいるの?

 

まず、なぜ勧誘するのか、という疑問がある。

 

なぜ、自分が稼いでいるのに他人に進める必要があるのか、問題はそこだ。

 

ふつうに考えると、自分で勝手に稼いでおけばいいものを、他人を稼がせたいという理由が全く見当もつかない。

 

でも実は、その理由は単純。

 

つまり、稼ぎたいと思う人が多いから。

 

稼ぎたい人に対して、稼ぐノウハウを売る。

 

結果何が起こるか。

 

何も生み出さない。

 

簡単に言うと、稼ぎたい人に対して稼ぎ方を伝授し、その伝授された人が、さらに他人に対して稼ぎ方のノウハウを売る、という仕組み。

 

結果として儲かるのは上層部だけであって、末端の人は、稼ぎたいと思っている人を誘導するために「稼げます」と言っているに過ぎず、実際は間違いなく稼いでいない。

 

もちろん、中には、本当に稼いでいる人もいるかもしれないが、少なくとも、ほとんどの参入者はこの段階でグルグルしているだけ。

 

そのビジネスから何の価値も生み出していない。

 

例えるならばこう言うこと。

 

●「2000円が簡単に稼げます」というタイトルの本を書き、1000円で売る。

 

●この本を買ったらその知識で2000円稼げるよ、だから1000円の先行投資で2000円儲かるんだから、買わない奴はアホ、とSNSで一生懸命PRする。

 

●え、絶対儲かるやん、と考えて本を買う人が10人いたので著者は10000円儲ける。

 

●本に書いてあったことは、「2000円儲かるよ」という本の書き方と、SNSで紹介しまくろうという話。

 

●本を買った10人のうち3人が行動し、2000円稼げますという本を再生産。

 

●彼らのSNSでまた本をPR

 

●残りの7人は、このビジネスに共感出来ず途中でドロップアウト。騙されたという気持ちが残る。

 

以下、ぐるぐる回り、最後は誰もいなくなる。

 

つまり簡単に言うと、「稼ぐ方法」を宣伝して稼ぐ、ということ。

 

ね、何の価値も生み出していないでしょう。

 

この方法で今儲けている人は、たまたま情報弱者が引っかかってくれただけ。今一生懸命SNSで勧誘している人は、全く儲けてない人で、さらに信用をなくし続けている人たち。

 

絶対稼げなくなる。

 

 

そんなビジネスからは何の価値も生まれないし、信用も得られないからね。

 

皆さまも気をつけて。

もし間違っていたら教えてくださいな。

 

By Goro

 

社説読み比べから民主主義を考える

毎日、各新聞社の社説を斜め読みしています。

 

世の中のトピックス的な所と、論点みたいなものがシンプルに入ってくるので、意見に賛成か反対かは別として、物事に対する自分の考えの軸を作る上で有益なんです。

 

もちろん、断片的な情報に過ぎないので、情報収集のツールとしては全然足りないけども。。。

 

時々、各社の社説が「世論」であるかのような顔をして、奇妙な論理展開をすることがあるようにも感じます。

 

例えばBrexitと沖縄の基地問題

 

国民投票と県民投票

 

問題の質は色々異なるが、民主主義とか世論を含めた政治のあり方、という観点で考えると、共通点も色々あるのではないでしょうか。

 

今朝(2018年2月28日)の朝日新聞の社説ではBrexitに関してこう説いています。

 

再度の国民投票を含め、国民が納得する道は何か。欧州と世界にとって最善の策は何か。英国政界は全員で立ち止まり考えてほしい。

https://www.asahi.com/sp/articles/DA3S13912763.html?iref=editorial_backnumber

 

他方で、2018年2月26日の社説での、沖縄の基地問題に係る県民投票についてはこうです。

 

日米合意や安全保障上の必要性を強調し、明白な民意を無視し続ける姿勢は、日本の民主主義を危機に陥れている。

(中略)

 政権は速やかに工事を止め、県や米政府と協議に入るべきである。県民投票の結果を、転換の礎としなければならない。

https://www.asahi.com/sp/articles/DA3S13909547.html?iref=editorial_backnumber

 

いかがでしょうか。

 

一方では国民投票を再度実施することを良しとし、一方では県民投票の結果が民意の全て、のような言い方をしています。

 

私の目には、ダブルスタンダードに映りますし、政権批判のための論理展開であると言う見方もできように思えるのです。

 

民主主義に則った政治手続きとして選ばれたのが国民投票や県民投票であったわけで、手続き論的には一票でも勝てばそれが判断となります。

 

その意味で、極端な話、一票差だからやり直し、大差なら問題ない、というのは民主主義を尊重した議論ではないのではないか、という気がするのです。

 

「民主主義」を金科玉条のように主張するのならば、Brexit国民投票結果も含め、国民を代表した議会の全ての決定、ヒトラーの出現、それら全てが民主主義の結果ということを認めなければなりません。

 

そして同時に、国民が常に利口な判断ができるとは限らないという欠陥のある政治システムだということも認めなければならないでのではないか、と思うのであります。

 

もちろん、この記事(このblog)も社説の一部分を切り取った断片的な批判に過ぎない、という評価も可能でしょうから、そこは読者のみなさま自身で読み比べていただき、各自で判断すれば良いということです。

 

いずれにしても、まずは情報に触れて自分の意見を持つことが民主主義の第一歩なのでしょう。

 

By Goro

第2回米朝首脳会談を機に考える

これは約4年前、安保法制を巡って国が割れていた時の回想記事である。

 

私「先輩、抑止力とは何ですか?核を一発うてばもう終わりでしょう。ならば核兵器5発持つのも1000発持つのも同じでは?たくさん持つことに何の意味があるというのでしょうか。」


先輩「抑止力とは、一発でも撃ってみろ、報復として敵の戦力を徹底的に壊滅する武力を我々は持っているぞ。そしてそれらかがどこにあるかはわからないだろうから、我々の戦力を無能力化することはできない。だからそちらからは先に撃つことはできないんだぞ、という状況を作ることです。だから、核兵器をたくさん、そしてどこにあるかわからないようにして持つことには一定の合理性がある。国際政治は理想だけでは回らないのです。」


私「しかし先輩、私は、みんな持たなければいいのにと思うのです。世の中に、戦争を望み、まさか核兵器を本当に使おうという人がいるとは思えません。あるいは、指導者が狂っていて、もう死んでもいいって思ったら、ボタン一つ押すくらいどーってことないというものなのでしょうか?実際に核兵器を使えば世の中終わりだということは皆知っている。それなのに、軍縮だ、抑止力だ、と真剣に世界が議論している。なんだかそれって滑稽ではないですかね。シンプルに、わかっているならやめようよと。いくら国際政治が経済、安全保障と複雑な思惑が絡まり合っているとしても、至ってシンプルに考えるべきではないですか?これは弱者は侵略されるというリアリティを無視した議論でしょうか?」


先輩「そうですね。」


私「しかし先輩、我々国民の関心は、今日明日のご飯、家族と未来の子供たちの幸せです。政治の役割は、そのために何をすべきかということなんですよ。その考え方に立てば、隣国との関係悪化を煽ったり、マスコミが国民を扇動したりというのがどうも理解できない。例えば集団的自衛権とか、どの国にも認められているものを、戦争したがっているだとか徴兵制になるだとか不安を煽ってミスリードする。そして海外メディアは軍国主義の亡霊が復活しただとか言うんです。私からしたら意味不明です。リテラシーのない人はこういう情報で本当に日本に対してネガティブな印象を持ってしまうんですよ。官邸前のデモに参加してた人がテレビでこんなことを言っていたんです。『詳しくはよくわかんないんですけど、戦争に向かっていくのは嫌だなって思って、子どもたちを守るために参加しました。』って。こういう人たちが世論だとか民主主義とか、そういうのはおかしいでしょう、という話なんです。もちろん、間違いなくその発言者の考えは正しいと思いますよ。子供の幸せを願う気持ちを誰も否定できるはずがない。でもずれていると感じるんです。まず、詳しく分かるまで勉強してこいと、その上で、感情だけで右や左と一斉に動くあなたたちの方が極めて危ない考え方なのではないか、という感じがするんです。」

 

先輩「集団的自衛権がそれほど嫌なら、永世中立国になればいいという話です。我が国の領空を通過するなら、無条件に自国の武力でもって撃ち落とすと宣言するということに等しく、常に武装しておく必要があります。安保法制どころではなく、物凄く強烈なメッセージを持っているんですよ。ただし、自衛以外は戦争ができないのは日本と同じです。つまり、自国だけで国民の生命、財産を守るということは、それくらいの覚悟がいるということです。当然莫大な予算も必要になるでしょう。しかし、それを日本国民は望むのでしょうか?自国だけで抑止力を維持するには核武装という選択肢を検討するということも許容できるのですか?官邸前のデモの参加者が本当に純粋な日本人かどうかは知りませんが、しかしそもそも、日本だけが平和主義をうたっているわけではなく、どこの国も侵略を正当化するような憲法などもっているはずがない。コーランだって、イスラム原理主義者の過激な行いを正当化するような経典ではないのです。」

(回想ここまで)

 

 

あれから四年近くが経ち、当時は予想すらできなかった米朝首脳が会談をしている。

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ハノイで具体的な進展があるのか、日本への影響はどうなるのか、国際政治の動向はなかなか我々国民の身近な問題として感じにくいが、やはり国だけでなく、国民みんなが理解を深めて未来に向けて考えていくべき問題だ、と思うのであります。

 

By Goro

残念な上司

接待で飲み会の時、店選び、予約からお酒の注文、お金の精算まで、下っ端の仕事だ。

 

そんな時、ああどうせ課長は酔っ払って調子こいていいことばかり先方に言って、後からさらに仕事が増えることになるのにめんどくさー、と思う気持ちも分かる。

 

しかし同時に、この人達が楽しく飲める場を提供できたとすれば、なかなか見えないところではあるが、ちゃんとやるべき仕事をやっているということであり、できのいい上司ならばきちんとそこも見ているはずだ。

 

彼に任せておけば物事がうまくいく、と。

 

見ていないならばそんな上司は見捨ててしまえばいい。

 

今回は、そういうところが出来ていないマネージャー職の人は多いよね、という話。

 

ある時、会食の主人である課長が、接待の相手方に対してこんなことを言った。

 

担当の坂本(部下の名前)がいつも粗相してないですか?

 

もちろん冗談交じりにではある。

 

しかし、部下を弄って笑いを取ろうとするのは、なんとも卑劣なやり方ではないか?

 

それとも笑いだと受け止められない部下が悪いのか?

 

もちろん、部下の立場として、その場では笑って答えるが、やっぱりこんなに些細なことでも上司に対する見方が変わってくる発言であるというものではないか。

 

気にしない人は気にせずに、上手く合わせて笑っておけばいい。

 

しかし、私ならそんなことできないし、こういうことを続けなければならない人生はごめんだ。

 

そもそも前提として、相手にへこへこいいことばかりを言ってたからといって何も生まれないし、信用を落とす行為ではないのか。。

 

だから部下はこういう時、必ずドライな目で見ている。

 

お客さんであっても、何でもかんでもへこへこする必要はないし、要望に全て応える必要はない、こんなにショートノーティスで物事を依頼してくるのはむしろ非礼に値する、なぜに言うべきことを毅然と言わないのか、言わないことが不誠実という考え方もできるのではないか、と。

 

その上司はこう続ける。

 

この歳でこのポジション(マネージャー職)に就くと守りに入ってしまうんだよねー。

 

だそうだ。

もう、見捨ててしまえばいいと思う。

 

一番聞きたくない発言だ。

 

知ったことか、以外に言葉が見当たらない。

 

若者は、守りに入った上司には1ミリの魅力も感じないし、そんな背中を見せておいて、その組織で偉くなりたいなどとは思わないだろう。

 

だから優秀な人材が組織を去っていくのである。

 

上司たるもの、常に部下を守り、言うべきことは言う、是々非々の姿勢と強い姿を見せて欲しい。それによって部下は思いっきり能力を発揮して仕事ができるし、モチベーションを上げることになり、結果、組織のパフォーマンスを高めることに繋がっていくのである。

 

部下の立場では、こういう些細なところにマネージャーとしての資質が散りばめられているということを見逃してはならないし、上司になった場合には、こういう些細な点を軽視してはならない。

 

By Goro

報告書作成のコツ

議事録の作成は大切だ。

 

トップ同士の会談、外部も含めた会議、その形式は取り敢えず傍に置きつつも、記録の作成がうまくできる人とそうでない人は、結構分かれるところ。

 

何をもって上手いか下手か、については色んなポイントがあると思うが、まあシンプルに

 

●わかりやすさ

●正確さ

 

この2つであろう。

 

ちなみに、拙者は英語が下手にもかかわらず英語の会議に出て概要の報告書を作ったり、外国の相手との交渉や調整ごとを任されたりして、その結果を上司や同僚に文書で報告するというような業務は過去に多く経験してきた。

 

そんな中で、もちろん完璧ではないにせよ、失敗も重ねながら、当時の同僚や上司の作り方などを真似し、上手い表現方法を盗み、それなりに上達させてきたという自負はある。

 

今の職場でも、それなりに要点をまとめて次に繋がる報告書や記録を作成している同僚もおり、そこは心強い。

 

拙者も負けじと、顧客との面会、会議、情報収集の相手方などと次に繋げていく必要がある話をした場合には、要点のみをさっとWordで作り、次の対応案などの所感を含めて報告する。

 

トップ同士の会談などでは、極力省略せずに、発言の要旨を過不足なく正確に書く。

 

ただ、ここではverbatim(一言一句言葉通り)である必要はない。

 

繰り返しになるが、過不足なく、正確に、わかりやすく伝えられればよいのだ。

 

そうすれば次のアクションを誤ることは無いだろう。

 

ある日、とある無能な上司が、トップ同士の会談の記録を書いて、修正の必要がないかどうか確認を求めてきた。

 

ここまでは良い。必要なプロセスだ。褒めてやろう。無能な割にはよくできた。

 

しかし、直後に無能な上司の無能ぶりが露見した。極めて遺憾だ。

 

まさに言っていないことを言ったかのように書いていたのである。これはありえない。

 

例えば、

「対応する用意がある」

 

という発言を

「予算措置も含めて対応済みだ」

 

と書いているが、意味が違う。

 

さらには、

「双方で代表者を決め、プロジェクトチームを結成して進めていくというやり方も一案」

 

という発言を

「既にこちらはプロジェクトチームを立ち上げたので、一緒に頑張っていく所存」

 

と書いている。

もう、センスがないというか、事実を曲げるなという話である。次のアクションに係る判断を誤らせる極めて危ない行為であると言わざるをえない。

 

このようなことがあると、後日、言った言わないの無用な議論に繋がっていくのである。

 

記録を取る時はメモを意識しすぎず、話の流れに集中して要点を頭に入れる。すると後からスラスラと思い出しながら書けるし、わかりやすい報告書になる。

 

英語で仕事していた当時の先輩からの助言だ。

 

私はこの時の先輩の教えを今でも大切にしている。

 

By Goro