Goro-Sakamoto’s world

坂本吾郎(Goro)が語る。自分の考えをストックし、アウトプットしていきたい。でも考え方は変わるものなので、その時々の思考が常に最新とは限らない。

カブトムシ見つけたぞ!

虫は山にいる

 

そう思い込んでいた。

 

しかし、前回探し回ってとうとう見つけられなかったように、山に行けばどんな虫でもどこにでもいる、というのは完全に間違い。

 

カブトムシなんて、そこら中にいる、キャンプ場にでも行けば夜寄ってくる、なんて思うのは言うまでもなく嘘だ。

 

クヌギがあれば必ずいると言うわけでもない。

 

本当は、自分で探して自分だけのスポットで見つけて捕まえてみたかった。しかし、前回の山で懲りた。あてもなく探し回っても見つけられるような狭い世界ではない。

 

ももちろん、何日も山の中を歩き回って、スポットを探すための旅にでも出られるのならば話は別だが、そうはいかない。限られた時間の中で息子に成功体験をさせてあげなくてはならない。それが父の役割だ。

 

もちろん乱獲は良くない。全ての小学生が一匹ずつ捕まえたらカブトムシの世界は大変なことになるかもしれない。その辺りの倫理観は頭の片隅に持っておこう。必要以上には採らない。

 

しかし、カブトムシを採ってみたいという息子の想いには応えてあげたい。これまで何冊も昆虫の本を読んできた、知識と好奇心は本物だ。ただ興味本位で乱獲して生態系に悪影響を及ぼすとか、そういう次元の話ではない。カブトムシが欲しいだけなら、その辺のショッピングセンターにでも売っているではないか。

 

しかも、それを買って満足するようなら、それこそ虫の乱獲に寄与してしまうというもの。

 

息子に味合わせたいのはそう言う偽りの満足感ではない。

 

蚊に噛まれながらも自然にいる虫を探し、蜜に群がる蛾や他の虫達と合わせてカブトムシがどのような様子で生存しているのか、これを観察して自分の手で捕まえること、これこそが教育に他ならない。

 

虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ!

 

それもダメ、という人もいるかもしれないが、それは、息子が自分で命を感じでくれたらいいし、そのことで息子の成功体験を取り上げたくなかった。

 

そんな思いで、友人に教えを請い、スポットを聞いた。

 

快く教えてくれた。

 

そして、昼間のうちにロケハンに行った。

 

クヌギが二本だけあった。

 

蜜がたんまりと出ている。

 

よだれものだ。

 

昼間は蜂もいて危険なので、場所だけ押さえて、夜また戻ってくることを誓ってすぐに退散した。

夜、現場に行った。

 

準備は万端だ。

 

蚊に刺されないように長袖長ズボン、登山靴、ハット、ヘッドライト、長い虫取り網、虫かご、軍手。

 

木の下に着いた。

 

いた。

 

いきなりいた。

 

カブトムシだ。

 

飛んでいる。

 

どこに行く?飛んでいたらセミに見えるぞ。

 

落ちてきた、カブトムシは飛ぶのが得意ではないのか?

 

地面に着地した。

 

黒い。

 

ゴキブリに似てるぞ?

 

いやそれは失礼だ、相手は天下の人気者、カブトムシだ。

 

網をかぶせた、逃げない。

 

採った、採ったどー!

 

息子が喜んでいる、夢みたいだ、とまで言ってくれた。

 

カゴに入れよう。

 

軍手にくっついて入らない、てか、離れない。

 

なんとか外して押し込んだ。

 

次。

 

もう一つの大きなクヌギの木を見に行こう。

 

いた。

 

ほんの5分前はいなかった場所に、立派なカブトムシがある。

 

茶色い。

 

でかい。

 

こいつは強いぞ。木から離れない。

 

網をかぶせた。

 

だが網に入らない

 

ただひっぺがそうとするも、もう力が半端やない。

 

無理やり剥がそうとすると息子が吠える。

 

「足が取れるからやめて!」

 

うーむ、ならば根気よくカゴに入るまで待とう。

 

蚊だ、蚊が多い。食われてしまう。

 

早く帰りたい。

 

カブトムシを二匹持って帰ったらじょうできではないか。

 

二匹に名前をつけようと息子が言い出した。

 

一匹目がカブタ、二匹目がカブキ、だそうだ。

 

毎日昆虫ゼリーを与え、世話をしている。

 

本当に飼ってみたかったんだろうな、そして自分で捕まえてみたかったんだろうな、可愛い奴め。

 

と思った。

 

そして宿題の絵には、虫取りの様子を描いたようだ。

 

絵のクオリティはともかく、とても思い出に残った虫取り体験だったということで、親としてはいい経験をさせられたことで満足だ。

 

By Goro